夕暮れ窓の外

思ったことをつらつら書きます。

他人と生きることの難しさ

 

 

こんばんは。

今日はちょっと真面目なお話をしたいと思います。

といっても頭のいい話ではございません。

なんせ私は頭が悪いですから、難しい話はできんのです。

 

ただ、「他人と一緒に生きる」って凄く難しいことだなって。

 

少し昔話をしますと、

私は小学生の頃から"女の子"が嫌いでした。

すぐ泣くし、いつも一緒に行動しないといけないし、なのに陰では相手の悪口を言ってて。

いくつもの「グループ」があって、対立したり、所属してないとハブられたり、リーダーの子に気に入られようと媚を売ったり。

意味がわかりませんでした。

だから私は男の子や歳上の子ばかりと遊んでました。

 

この先も絶対女がたくさん居るところには居たくない。

そう思ってましたが、

 

中高女子校・大学も学部の8割が女・会社も7割が女。

挙げ句の果てには男の人と話せなくなってました。なんだこりゃ。

 

まぁ、そんな話はどうでもいいのですが。

 

「他人と一緒に生きる」ことの難しさ。

他人と一緒に同じ目標に向かって物事を進める。

これが自分には上手くできないんだって事を

社会人になってから自覚しました。

 

そして、今のビジネスパートナーの方が物凄く女の子って感じの方で。

この歳になって、小学生の頃に感じてた違和感を再度抱くようになりました。

デジャヴ。

 

思い返せば、私の今でも仲良くしてくれている友人みんな。

一人で勝手になんでもやっちゃうような、サバサバしてて、少し頭がぶっ飛んでる人が多い気がします。(すげぇ失礼。ごめんな。愛してるぜ)

 

つまり本能的にそういう束縛しがちな人を遠ざけて生きていたのです。

でも、社会人になって

共に毎日を過ごす人を選べなくなって。

しかもそんな、The 女の子 思考だらけの職場で

なんでも一緒にやらないといけなくて

そういう人達と生きていくことに、物凄く苦痛を感じています。

 

今までもグループワークって凄く苦手で。

グループワークで作った作品で、満足できたものって一つもありません。

いつも何かしらの蟠りを持ったまま、終わっていました。

 

これは自分にも問題があって、

争いごとを起こしたくないから、全部自分の意見を押し殺して相手に合わせてしまうのです。

あとは、人に頼ることができない。人に期待をすることができない。

心から他人を信頼することができないのも原因だと思っています。

 

書いてて悲しくなってきたな。

別に自分自身だって、信じてないんだけどね。

でも自分の思うように作品を作れて、そのかわり責任も全部自分が背負って。

だからこそ愛着が湧くんじゃないかって。

だからこそ私は一人で創作を、仕事を、したいんじゃないのかと。

 

社会人になってから、自分自身を知ることが増えました。

自分のこと、知った気でいただけで。

実は何にも知らなかったんだなと。

 

自分の事が分からなくて、毎晩泣いていた夜もありました。

少しずつ、少しずつ、自分自身のことを理解してあげれば、

今より素敵な世界に行けるのではないか。

そんな期待を抱いて眠りにつきたいと思います。

 

読んでくださりありがとうございました。

おやすみなさい。

 

 

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"女の子"という書き方について補足。

今、差別だなんだうるさいので。一応。

 

私は女の子が嫌いです。それは本心です。

でも、女に限らずそういう人は男にだっているじゃないか。

その通りです。

ですが、私は"男の子"の世界を知りません。

経験として知ってることしか、書くことはできません。だから敢えて、"女の子"と表記しました。

 

女の私から見た"男の子"の世界は、「隣の芝生は青く見える」なのかもしれませんが。

"女の子"よりは自由で、馬鹿ばっかやってる、そんな楽しい世界です。

 

実際のところはわかりません。

陰湿な男同士のいじめも見たことがあります。

男でも"女の子"みたいななよなよしてる人がいるのも知っています。

私はそいつ等も勿論大嫌いです。

 

つまり、

性別の女、男ではなくて

小学生の頃の自分が嫌悪を抱いた

"女の子"の姿

(陰湿・なんでも一緒・すぐ泣く・人のせいにする)

をそう表現させていただきました。

 

不快な思いをさせてしまいましたら、申し訳ございません。